“こだわり”の本当の意味を米づくりから学ぶ
山梨にも新潟県産コシヒカリと同等のブランド米がある。
“幻のお米”と呼ばれる「武川米(むかわまい)」
中央道・須玉インターチェンジを下り、富士山を背に車を走らせトンネルを抜けると、川の向こうに“まち”が広がる。
八ヶ岳や南アルプス・甲斐駒ヶ岳の自然に囲まれた空気の澄んだまち、北杜市武川町。
“こだわりの武川米”づくりに真正面から向き合う方にお会いすることができた。
北杜市の特産品・武川米の無農薬生産から販売までを行う、五味ファーム・代表の五味 利直さん。
今回は、五味さんの圃場近くにある、今は事務所や作業場として使用している“旧自宅”にお邪魔してお話を伺うことに。
「どうぞ、どうぞ」と案内され、縁側からさっそく居間のなかへ。
電気のブレーカーを上げに建物の裏手にまわった五味さん。なかなか戻って来られない。
数分後、何やら茶色いものを両手いっぱいにして持って戻ってこられ、おもむろに縁側に置く。
「立派なのができてました。」
手にしていたのは、庭でできた何とも大きな自然の“なめこ”。
都会で暮らすわたしたちに、挨拶がわりの「武川の自然をご紹介」という“粋な演出”でお出迎えいただく。

五味さんが手にしていたのは、庭で自然栽培された”なめこ”
“事務所兼作業場”の居間の壁には、額に入ったたくさんの賞状。
そこに書かれてある目に飛び込んできた文字は「巡査」や「県警」をいった文字。
五味さんは、元警察官。
定年退職後に在職中から手伝われていた、お爺様の代から続く米農家の後を継ぎ、武川米にこだわりを持って栽培する。
武川米が “幻のお米” と呼ばれるようになったのには理由がある。
品種は「農林48号」。通称「よんぱち」。
以前は山梨県外でも生産されたことがあった「よんぱち」。
病気にかかりやすく、冷害に弱いとされるこの米は、生産が難しく、栽培面積は徐々に減少。
一度は評判を落とし、この辺りだけでしか出回ることのなかった、いわゆる“縁故米”として「知る人ぞ知る米」といったところから“幻のお米”とされていました。
「武川米をなんとしてでも残したい。」
そんな武川村(町)農家さん達の熱い想いと、弛まぬ努力で、今や“一等米”の評価を得るまでに。
とは言え、栽培の難しさは変わらないが、
「武川には、甲斐駒ヶ岳から直接流れ込む“ミネラル豊富な水”と“日本一の日照時間”、そして米づくりに適した水捌けの良い“砂地の土壌”があるからこそ、うまい武川米ができる」と五味さんは話す。

南アルプス・甲斐駒ヶ岳から直接流れ込むミネラル豊富な水が武川のおいしい米をつくる
五味さんのこだわりは、ただブランド米とされる“武川米をつくる”ことではない。
一度は消滅しかけた武川の名の入った米。
「美味い米を作らなければ、武川米はなくなってしまう。」
地元・武川を守ることを仕事としてきた方のとても重みを感じた一言だ。
「美味い米を食べてもらうためには、どうすれば良いか。」
考え抜いた末に取り組み始めたのは、「無農薬・無化成肥料での栽培」へのこだわり。
数ある武川の米農家さんのなかで、3軒しか行っていないという。
取材に伺ったのは11月19日。周囲の田んぼは、耕し終わっているところがほとんど。
しかし、五味さんの田んぼには、まだ稲の根が残されたままで、何やら所々に薄茶色の塊が見える。
「米ぬかともみ殻を撒いて、次の年のための土づくりをしているんです。」
化成肥料を使わず、米ぬかやもみ殻などを肥料として先に土に撒き、雪が降る前に二度繰り返し耕やすのだそう。
「この秋の“肥料撒き”が土を肥やすんです。」
自然でできたものが自然に帰り、新たな生きものを生む。その循環で土を肥やす。
化成肥料に頼らない、こだわりの土づくり。
毎年試行錯誤しながら改良・工夫を加えていく。
年々、草の生え方も変わり、集まる生きものが変わる。
その変化とともに、米の甘みや旨みが上がっていくと胸を張る。

「土を肥やす。」化学肥料は使わず、米ぬかやもみ殻を肥料に。
土だけではなく、“籾の選別”から“苗づくり”にもこだわる。
「中身の詰まった健康な籾から、強くて丈夫な苗づくり」は、欠かせないという。
「縦に伸ばさず、横に強く。」
他の方々の苗より背は低いが、横に強く丈夫につくる。
農薬を使わなくなったことで、何より大変なのは、「草の除草」。
時期に応じて、ご自身で作ったチェーンを繋げて引っ張る道具で行う除草作業がある。
五味さんの苗は、植えてすぐにその道具を引っ張っても抜けないぐらい太くて強い。
強く健康な苗が、自然の力が生きた土に根を張り、余計な草を取り除くと、浮草が繁茂して一面きれいな“緑色の水面”が広がる。
「うちの田んぼの上だけ、トンボがいっぱい飛んで、ツバメが集まり、でっかいトノサマガエルが出る。」
「この光景は、無農薬栽培ならでは光景。」と話す。
おいしいお米は
水と大地と生きものたちで
つくられていると思います。
(引用先:「五味ファーム」パンフレット)
手間をかけて収穫した米は、農協や組合には卸さず、県内の道の駅などへ持ち込んで販売する。
ご自身で試食実演販売を行い、食べた方々の「おいしい。うまい。」の声と表情を見たとき、試食後わざわざ戻ってきてまで購入いただいたときは何より嬉しいと話す。
「直接販売の甲斐もあって、一度お買い求めいただいたお客様から直接電話で注文が入ることも増えてきた。」
「最初は、知らない方からの電話でクレームかと思ってびっくりした。」と笑顔で話す。
お客様とのエピソードを話す五味さんの笑顔と口調に思わず和まされる。
そして何より、こだわりをもって一年かけてつくった“自信”を感じる。
生産者としての表情と口調は、こだわりを伝える“熱い五味さん”。
販売者としての表情と口調は、楽しさや嬉しさを伝える“和やかな五味さん”。
この熱さと和やかさというお人柄が詰まった米が、“こだわりの武川米”なのだと感じることができた。
「これから先10年の間に、このつくり方が“こだわりの武川米”として完成して、よその田んぼでも作ってって、頼まれるようにまでになることが夢というか目標ですかね。」
もちろん売上や利益を増やすことは大切と話すが、まずは、“うまい米をつくる”ことで、その栽培方法が自然と拡がり、武川米が世に拡まることに思いを馳せる。

武川の自然の力と米づくりへの熱い想いを語る
ブランドとして扱われる食材は数多い。
「ただ単にその地で採れたり、作ったりするだけでは、本当のブランドや“本物”ではない。」
その地の恵みとつくり方で、そこでしかできないからこそ、価値があって本物と呼べる。
「農薬と化成肥料を使って、武川米と呼ばれるものはつくることはできる。」
「でも、それだけじゃ美味しい本当の武川米じゃなくなってしまう。」
本物の武川米をつくり、拡め、伝え、残していくことへのこだわりも強く伝わってきた。
南アルプスの水と太陽と大地、自然の環境と恵みと五味さんの想いとこだわり。
最後に、「なかにはこんな堅物な、変わった事やる生産者がいても良いんじゃない。」と笑いながらご自身のことを話した五味さん。
人がやらないことに手間と労力を掛けるからこそ、お客様のよろこぶ顔や声がひときわなのではと想像する。
こだわりすぎると「頭が硬い」、コロコロ変えると「軸がない」。
“しごと”のなかで、何に“こだわり”、何に“柔軟性”を持たせるか。という場面によく出くわす。
“こだわり”は「美味しい米を食べてもらいたい」という“目的”
“柔軟性”を持たせて変化を加えるのは「つくり方」という“手段”
米づくりに真正面からまっすぐ向き合う五味さんから学んだ“こだわり”の本当の意。
幼い頃から育ったこの武川で、警察官として“まち”を守り、そして今は農家として武川の“米”を守る。

「こだわりの武川米」として、無農薬で栽培し販売までを営む、五味ファーム 代表 五味 利直さん

「道の駅 富士川」で売られている”こだわりの武川米”
五味ファーム
代表 五味 利直
住所 山梨県北杜市武川町柳沢621番地
電話 055-273-7630
(2019/11/19 取材:西谷良造、撮影協力:NO LIMITS 田中徳充)